元伊勢のパワースポット

三重県伊勢市に鎮座する伊勢神宮は、はじめから現在の場所にあったわけではありません。

それぞれ別の場所から移動してきた神社です。そのため、それ以前に祀られていたという伝承をもつ神社を「元伊勢」や「元伊勢神社」といいます。

第10代崇神天皇の即位5年目と6年目に、都(現奈良県桜井市)で疫病や天変地異が発生しました。占いの結果、災いの原因は天津神(天照大神ほか)と国津神(大国主神ほか)を同じ所に合祀していたことだとわかり、急いで宮殿の外に仮宮を建てて、それぞれの神様を祀りました。続いて仮宮(大和笠縫邑)ではなく、永遠にお祀りする場所を求め、皇女が各地を転々としました。

崇神天皇39年、最初に天照大神が鎮座されたと伝えられているのが、大江町内宮にある「元伊勢内宮皇大神社」なのです。そのため、江戸時代までは、「元伊勢」と言えば、当地にある皇大神社を示していました。この場所で祀られたのは4年間です。それは最終的に現在の伊勢神宮にお祀りされる54年前のことだそうです。

では、なぜ最初に鎮座されたのが、現在の大江町内宮だったのでしょうか?

それは当地が、弥生時代にまで遡れる古代タニハ(北近畿)地方全体の聖地として認識されていた場所だったからだと考えられています。

「元伊勢内宮皇大神社のある場所は、隣に聳える日室ヶ嶽の遙拝所の跡地ではないか」とする説があります。

その説によれば、弥生時代にお米を確実に生産する目的で、ピラミッド型の日室ヶ嶽の頂上に太陽が沈む夏至の日にあわせて種籾を撒いたのではないかということです。

こうすれば、お米の成長速度から考えて、11月23日に新嘗祭を行なうことが可能だからです。

日室ヶ嶽の山頂には、信仰の対象となる岩、すなわち磐座(いわくら))など古代遺跡もあることから、当地が古代からの聖域であることは明白です。さらに、元伊勢内宮皇大神社は近畿五芒星や北緯35度20数分の「レイライン」上に位置しています。こうしたことからも、当地は古代からの聖地であるといえるでしょう。

聖地の見えざる力が、感性の鋭い人を吸い寄せるパワースポットからでしょうか。過去も現在も、参拝客に神がかったような人の割合が多いのも皇大神社の特徴です。ちなみに、日室ヶ嶽を遥拝する場所では、「一つのことだけを一心不乱にお祈りすれば願いが叶う」と言われています。